今日の午前中はバス旅行の見送りで名神高速道路の養老サービスエリアへ。その後、Uターンするために関ヶ原インターで高速を降り、ちょっと足を伸ばして関ヶ原界隈を探索。まずは、案内の看板に誘われて南宮大社、その後は、国道21号線沿いに発見した徳川家康の本陣跡(桃配山)へ。いずれも初めて見学。桃配山は、壬申の乱の折に天武天皇が同じ場所に陣取ったこと、桃は縁起が良いと思われていたことから、家康はこの地に布陣。写真は陣跡から関ヶ原を見下ろした眺めです。石碑の横の大きな石は、家康が軍議のテーブル代わりや腰かけ代わりに使ったそうです。また、南宮大社のある南宮山は桃配山の後背地。西軍の毛利秀元(西軍の総大将、毛利輝元の養子)がこの地に布陣し、家康の本陣に攻め込もうとしたところ、東軍と内通(毛利家の領地安堵を条件に参戦しないことを密約)していた重臣の吉川広家が秀元の出陣を押しとどめました。毛利軍のさらに背後にいた安国寺恵瓊の出陣要請に困惑した秀元は、苦し紛れに「今、弁当を食べている」と抗弁。これが、その後「宰相殿の空弁当」と言われる毛利氏去就にまつわる故事になったそうです。松尾山の小早川秀秋と、南宮山の毛利秀元の動きが、劣勢の東軍に勝機をもたらしました。重要な戦跡を偶然見学できたことで、思わず、歴史解説になってしまいました。せっかくですから、リンクをはっておきます(・・・と思ったら、リンクがはれていませんでした。恐縮です。23日補記)。ご興味がある方はご覧ください(・・・見れないですね。申し訳ありません。インターネットで検索してください)。